今ご覧くださっているページは、過去に私が経験をした病いとその経緯について書かせていただきました。
つたない文章ではありますが、ご参考になれば幸いです。
原因不明の体調不良に悩まされる

詳しい経緯は、こちらで書かせていただいています。

狭いエンジンルームをのぞき込む修理や、車の下にもぐって作業をする。

そんな、無理な体勢が影響したのでしょう。
左の首筋に激しい痛みを感じ、自分で首をもんだり、健康グッズで首の筋肉を力いっぱい押したりしながら、毎日を過ごしていました。
やがて、自分ではどうにもならなくなり、整骨院やマッサージに通うようになりました。
しかしながら、プロの方にお願いをしても私の首の痛みはなかなかよくなりませんでした。
「もう、首の筋肉を取って欲しい!」
とさえ思ってしまうくらい、毎日つらかった記憶が残っています。
入社四年目に、整備士から修理の受付業務である、サービスアドバイザー職に異動となりました。

元々、苦手な接客業
年々責任も増してきたことで、無意識に精神的ストレスが蓄積されていたのでしょう。
ある時期から、毎日深夜の2時頃に目が覚めて、しばらく眠れない日々が6ヶ月以上も続き困りました。
さらに、追い打ちをかけるように、胃腸の不調・動悸・体がフワフワする
喉が詰まる・ふらつき・頭重感など、どんどん体の調子が悪くなっていきました。
それぞれの体の不調に対して、適切だと思う医療機関を受診しても、

検査結果は大丈夫ですから、お薬でようすを見てみましょう。

特に異常はないですよ、安心してくださいね。
そのような説明を受けるばかり。
私は、こう思うようになりました。
体の不調として表れているのに、なんで原因が分からないんだよ!!
病院に、不信感を抱くようになったのです。

それでも、病気は病院で治してもらえるという認識が強く、治してくれるお医者さんが絶対にいるはず!
そう考えて、違う病院を探すことにしました。
当時は、今のようにインターネットの環境が整っていません。
分厚いタウンページを見て、隣街の病院や電車で1時間以上かけて、救ってくださるお医者さんを追い求め、診察を受けにいきました。
それでも診察の結果は…
・ 原因不明
・ 異常無し
・ とりあえずお薬をだしておきます
以前と同じ説明だったのです。
まさか自分が自律神経失調症?

明らかに体の調子は悪い
けど、原因が分からない。
一向に治る気配がない…
当時の思いとしては、
自分の体が、自分のものではないような感覚
自分の体なのに、コントロールできないもどかしさ
何か怖い病気が潜んでいるかもしれない不安
焦りと、この先いったいどうなるのか?
という、将来に対して不安な気持ちでいっぱいでした。
もうこれは、病院(西洋医学)では治らないと思うようになりました。
そうして、鍼灸・整体・カイロプラクテック・気功・ヒプノセラピーなど、東洋医学や民間療法で体の不調を治そうと思い施術を受けにいったのです。

ですが、それらの施術でも、私の体の不調は全くといっていいほど、改善しませんでした…
そうなると、一体自分の体に何が起きているのか分らなくなりました。
受診の抵抗があった、心療内科を自らの意思で訪れて、自律神経失調症と診断されました。

「あぁ、そうだったのか…」
また原因不明といわれることよりも、自律神経失調症と診断されたことによって「もう病院を探さなくてもいいんだ」と、安堵したのが正直なところです。
先生の説明によると、ある不調がよくなれば、違う不調が表れる。
いい体調の時もあれば、悪い体調の時もある。
これらは、自律神経失調症ならではの特徴です。
パニック障害を患う

ある日の休日
わたしは、一人で映画を見ようと思い、車で映画館へ向かいました。
ところが、鑑賞をした映画が緊迫した内容で、途中で気分が悪くなり、家に帰ることにしました。
映画館から車で帰っている途中、大きな橋の手前で、渋滞が発生していました。
いつもなら、特に気にすることなく渋滞をのりきれていたのですが、なぜかこの日は手足に汗をかきはじめ、胸が苦しくなり、やがて呼吸が困難に….
しばらくすると、これは心臓発作だ!!
と思ったくらい、強烈な胸の痛みと恐怖心が襲いかかってきました。
なんとか渋滞を抜けたあと、路肩に車を止めて休憩しても状態は変わらず。
このままでは危ないと、命の危険を感じました。
必死とは、こういう時に使う最適な言葉だと痛感。
偶然近くに消防署を見つけ、病院まで搬送していただき、点滴を受けたことで落ち着きを取り戻しました。
担当医によると、臓器には問題ないとのことでした。

え?それでは、一体何の病気なのか?
後日、通院をしていた心療内科で診察を受けると、パニック障害だと診断されました。
そうなんです。
私は、自律神経失調症とパニック障害を同時期に患ってしまったのです。
ドクターショッピング人生

自律神経失調症の薬に加えて、抗不安剤や発作時の頓服が追加され、数ヶ月治療がつづきました。
しかしながら、
・ 近所でしか車の運転ができない
・ 急行電車に乗れない
・ エレベーターに乗れない
・ 10分カットの散髪屋でも呼吸が乱れる
・ ショッピングモールに行くとふらつく
このような状況がつづき、大変困りました。
この頃の心境は、
「なぜ薬を飲んでるのに一向に治らないんだろうか?」
「この先ずっと病気と付き合わないといけないのか?」
「家族や職場のみんなに迷惑をかけてしまっている…」
毎日そんなことばかり思っていました。
焦る気持ち、とにかく早く治したい私は、「もっと腕のいいお医者さんがいるだろう」と考えて、別の病院を探すことにしました。
そんな、私の願いを一瞬で消し去る言葉を、ある病院の医師から言われました。


仕事が向いていないんじゃないの?
今の私なら、悪気があっての言葉ではなく、私のために言ってくれていると思えます。
でも、当時はすごくショックを受けましたし、怒りの感情も強かったです。
消沈した気持ちで自宅に帰り、何気なしに今まで受診をした医療機関(健康保険適用の整骨院を含む)の診察券の枚数を数えてみました。

すると...
軽く50枚を越えているではありませんか!
そこで、ようやく私は、ドクターショッピングをしていることに気づいたのです。
※ドクターショッピングとは、患者がよりよい治療を求めて、いろいろな医療機関を渡り歩く意味合いです。
なぜ治らないんだろう?

今回も、病院(西洋医学)に見切りをつけた私は、鍼灸・カイロプラクティック
気功・ヒプノセラピーなど、東洋医学や民間療法で、自律神経失調症やパニック障害の完治を目指すことにしました。
でも、思ったように治りません。
「パニック障害の97%の方が効果を実感!」という、謳い文句の鍼灸整骨院に通い
「自分は3%の人間だったんだ」と落胆したこともあります。
わらをもすがる思いで、1回の施術費用が3万円もする気功を受けたこともあります。
その結果は、お金をドブに捨ててしまったような罪悪感と、期待をした自分が情けなく思いました。
この頃が一番「なぜ、治らないんだろう?」と悩むことが多かったです。
健康を取り戻したきっかけはイメージの力でした

もう健康になることをあきらめようか?
やっぱり、もう1回頑張ってみようか?
そのように気持ちが揺れうごくなか、ある日ふと思ったことがあります。
それは、「自分が元気になったら誰がよろこんでくれるだろうか?」という問いかけでした。
この時に浮かんだイメージは、両親の顔でした。
あぁそうだよな、まずは両親を安心させようじゃないか。
それから、次々とイメージをしていきました。
「自分が元気になったら誰がよろこんでくれるだろうか?」
すると、
未来のお嫁さん
まだ見ぬ子供たち
ペットたち
なんだろうこの感じ…
涙があふれてくるではありませんか。
下の画像は、2013年開院当初のホームページのデザインです。

画像の真ん中の女性は、実は、私のイメージを投影したものです。
私は決意をしました!
やっぱりこのままではいけない!
治るための決意(こころのスイッチ)が入った瞬間でした。
学校では教えてもらえない場所に通う

数日後に訪れた図書館で、私は引き込まれるように「自己啓発」や「人生哲学」の本棚の前に立っていました。
今まで、このようなジャンルは読んだことがなく、気になるタイトルの本を手に取り、借りることにしました。
これまで、50以上の医療機関にお世話になり、たくさんつらい経験をしてきたからこそ、これらの本は私にとって、心のサプリメントになりました。
さまざまな書籍を読んで気づいたことは、今までの私は、医師・薬・心理カウンセラー・整体や鍼灸の先生など、健康になるための答えを「外」に求めていたこと。
つまり、
治してほしい、先生が治してくれるだろう。
という考えでした。
それではいけない。
自分の「内」に向き合わないと治るものも治らない。
自然に治癒できる力を養うことが大切なんだと、気づいたのです。

数百冊を超える書籍から学び、取り組んだことは、
・ 自分が伝えたい気持ちを伝えていこう
・ 物事のとらえ方をプラスにとらえよう
・ 他人の意見に左右されず自分らしく過ごそう
・ 今よりも自分を好きになろう
・ 病は「氣」から、メンタルを鍛えよう
・ 今よりも誰かのお役にたとう
・ 周りにもっと感謝しよう
このように意識改革をして、行動した結果、自律神経失調症が劇的に改善!
パニック障害も回復に向かっていったのです。
ですが、この時点では、まだパニック障害を克服したとはいいきれません。
パニック障害克服ストーリー

結論からいいますと、「環境」のおかげでパニック障害を克服することができました。
ここでいう環境とは、安心できる環境であり、人と安心して繋がれる場のことです。
とある、整体の技術研修会で出会った先生方は、誰しもが否定をしてきたり、余計なアドバイスはしませんでした。
具体的には、私が
・医療に対するネガティブな感情
・自分を責めてしまう言葉
・健康な人を妬む気持ち
・生きづらさ
このような話しをしたとしても、
「市川さんは市川さんのままでいいんですよ」
「色々大変だったんですね」
「そういう事を言われたら僕でも嫌な気分になりますよ」
このように、私の話しを丸ごと受け止めてくださったのです。
「こ…この方たちの優しさは、どこから…」
なぜ、私の話しを全て受け止めてくださるんだろうと、一番気にかけてくださる先生に聞いてみると、みんなが似たような辛い経験をしていたからでした。
その時、私の気持ちがスーと楽になりました。
「自分だけではなかったんだ」と。
この恵まれた環境を活かして、
・車を運転して遠くにでかける
・急行(快速)に乗る
・人が多い場所にでかける
このようなことを繰り返し、行き詰った際には、仲間に話しを聞いてもらいました。
ただ、10年以上もパニック障害を患っていただけに、決してスムーズに克服できた訳ではありません。
車を運転中、呼吸が乱れることは何回もありました。
電車で堺市から難波や新大阪に行くまでに、何度も途中下車したこともございます。
人間ドックを受ける際に、「怖くなった場合どうすればいいですか?」と受付の方に聞いたこともありました。
10分カットの散髪屋さんでさえ、途中で逃げ出したくなります。
エレベーターも極力さけていました。
何かあった時のことを考えて、逃げれない空間や状況が怖かったのです…
それでも、どん底を経験したからには這い上がる気持ちだけは持ちつづけていました。
健康を取り戻している実感!

そうして、思考錯誤を繰り返しながら、時には仲間に支えられながら、一つ一つ成功体験を積んでいったのです。
すると、
狭い空間にいることが平気になりました。
たくさん人が集まる施設も平気になりました。
散髪屋さんも平気になりました。
急行や快速電車にも乗れるようになりました。
電車が運行中に止まっても冷静に待つことができるようになりました。
新幹線に乗って東京まで日帰りでいくこともできるようになりました。
何より一番自信がついたのは、パニック発作を起こした道路まで車を運転して訪れたことです。
自律神経失調症やパニック障害など、いわゆる心の病を患って思うことは、それまで当たり前の日常や健康が、当たり前ではなくなったこと。
先の光が見えないトンネルの中をマラソンしているように、不安と焦る気持ちが大きかったです。
幸い信頼できる仲間との出会いをきっかけに、健康を取り戻すことができました。
仲間が私にしてくださったように、今度は私が同じように困っていらっしゃる方の手助けをする。
覚悟と責任をもって。
おわりに

思いかえせば、自動車販売会社を退職し、今の仕事に転職をしたあの頃から、体の不調だけではなく、心の悩みでお困りの方にも手助けをしたい。
心の悩みを解消することで、心療内科に通う方をへらしたい。
そういう強い理想を思い描いていました。
あれから20年以上経った今でも、この理想は変わっていません。
これからも、自分が生きている証として、一人でも多くの方の支えとなる存在でいられるように、精進してまいります。
長い文章を、さいごまで読んでくださって、ありがとうございました。
堺市いたわり健康院 さかい快福整体堂
院長 市川 猛